田中 康雄
税理士
法人税、消費税を専門とし、上場企業から中小企業まで税務業務を担当。資産税関連も含め、税務専門誌に多数執筆。
リスクを知る
公開日
副業としてアパート経営を始めたサラリーマン大家が、節税のつもりで経費計上した結果、税務調査の対象になってしまうケースがあります。修繕費と資本的支出の線引き、家族への給与支払い、領収書のない経費処理など、知らないと危険なポイントが多数。さらに、不動産所得の赤字を活用した損益通算や法人化による節税も、場合によっては裏目に出ることも…。田中康雄税理士が解説します。
修繕費も資本的支出もどちらも自己が所有する事業用資産の修理や改良のために支出するものになりますが、それぞれどちらに当てはまるかは、その資産の維持管理又は原状回復のためのものなのか、あるいはその資産の価値を高めるものなのかによって判定します。
修繕費ならば、支出の全額をその年の必要経費に含めることができますが、資本的支出であれば、固定資産として数年にわたり費用化(減価償却)していかなければなりません。
つまり、資本的支出であるにもかかわらず修繕費として処理してしまうと、その年の経費が過大計上になってしまいます。しかし、こうしたリスクがあるにもかかわらず、その線引きはあいまいで非常に難しい判断となります。
ただ、支出した額が20万円以下であれば迷わず修繕費として取り扱うことが認められているため、ここは割り切って20万円という金額を一つの判断基準にしてもよいかもしれません。
個人が家族に給料を支払っても、家計との区分があいまいなため、原則として必要経費に含めることはできません。ただし、自身の事業のために専属的に従事してくれる家族に対して支払う給料は、一定の条件のもと、例外的に必要経費に含めることができます。
しかし、不動産所得に関しては、いわゆる「5棟10室基準」の事業的規模を満たす場合にのみこれが認められており、事業的規模に満たないアパート経営では、家族への給料は必要経費としては一切認められないため、注意が必要です。
ICカードを使った電車代やETCからは領収書やレシートは発行されません。しかし、これらは利用履歴などによって支出の裏付けが可能です。また、通帳から自動引き落としにしている共用部分の電気代や毎月の管理料なども通帳の記帳によって支出の事実が担保されます。このように、すべてのケースで領収書などが必要というわけではありませんが、何でもかんでも自身の手書きによる出金伝票を領収書代わりにしている場合には、やはりその経費性が疑われても仕方がありません。
法人の決算では、赤字になると税金が発生しないため、税務調査の対象になることはほとんどありません。しかし、個人の場合、赤字には絶対にならない給与所得や年金による所得と、不動産所得などから生じた赤字とを相殺(損益通算)することが認められています。
大規模修繕など理由がはっきりとした突発的な赤字であれば、損益通算が税務調査を呼び込む可能性は低いかもしれませんが、赤字を連発して損益通算が繰り返されているようなケースでは、税務署側でもその理由を知りたくはなるでしょう。
不動産投資は初期費用の負担が重くなります。物件の購入代金はもちろんのこと、仲介手数料や登記費用、不動産取得税などのほか、金融機関から借入れをする場合には、融資のための事務手数料や保証料なども必要になってきます。そして、その初年度に必要経費として認められるものをすべて経費として計上すれば、その年は赤字になることもあるでしょう。
また、中古物件の場合には、耐用年数も短く減価償却費が大きくなるだけではなく、細かな改修等も重なり、翌年になっても赤字が続いてしまうこともあるかもしれません。そんなとき、これらの赤字部分を給与所得と損益通算できれば節税効果が期待できますが、経費の中でも借入利息に関しては、これらのうち土地の取得に要した借入金に係る部分は損益通算に使う赤字部分から除外することとされています。
つまり、不動産所得が赤字になったとしても、場合によってはすべての必要経費が損益通算に充てられるとは限らず、この点は不動産所得による損益通算の落とし穴の一つといえます。
不動産所得では、事業的規模を満たさなければ、家族に給料を支払っても必要経費に含めることはできません。そのため、法人化して個人の不動産を法人に移せば、その家賃収入を原資に、労働の対価として給料を家族に支払っても費用処理できるメリットがあります。ただし、法人の場合には、必ず社会保険に加入しなければなりません。扶養の範囲内にいる家族を会社の代表者にして給料を支払うような場合には、社会保険上の扶養の要件から外れてしまい、社会保険料の負担が増えることにもなりかねないため、注意が必要です。
法人設立には定款認証や設立登記などのコストがかかり、また、個人名義の不動産を法人名義に変えれば、改めて不動産取得税が課されます。法人化すると、上記のように家族に給料を払えたり、会社名義で生命保険に加入できたりするほか、将来的には退職金を支払えるなど、経費に計上できる範囲は広がります。
しかし、法人の場合、その税率は個人よりも比較的高めで、事業的規模でなければ課されることがない事業税も利益が出れば必ず課せられます。また、赤字であっても住民税の均等割の納税が避けられず、場合によっては個人よりも税金コストの負担を重く感じることもあるでしょう。
個人の不動産事業を引き継いで設立した会社が、何年後かに地価の高騰等による利益を狙ってその不動産を売却することもあるかもしれません。このとき、過去からの赤字(欠損)がたくさん残っていれば別ですが、売却益に対してはダイレクトに法人税が課税されます。だからといってこれに充てるための経費をそのときになって探し始めても、すぐには見つかりません。
ただ、これに大きな効果を発揮してくれるのが退職金です。メインの資産が消えてしまった会社を将来的に活用する予定がなければ、会社を畳むという決断も一つの選択肢になります。会社が解散、清算に入れば、これまでの会社への貢献に対して退職金が支払われても何も不思議ではありません。出し過ぎには注意が必要ですが、不動産を売却したことに満足をしてそこで何も手を打たなければ、予想外の納税が待ち構えているかもしれません。
田中 康雄
税理士
法人税、消費税を専門とし、上場企業から中小企業まで税務業務を担当。資産税関連も含め、税務専門誌に多数執筆。